M&Aの難しさの一つは、実行と統合を担う人材のスキルセットが異なる点です。契約までの「実行」は経営企画が中心で、財務・ファイナンス寄りの能力が求められます。一方、「統合」は事業部やコーポレート部門が中心で、事業・組織論に軸足があります。
まず考えるべきは「買収後の事業を誰が担うのか」です。同業買収の場合、自社人材を買収後の事業責任者にできる可能性が高いです。通常は事業部のエース級の役員・管理職となるでしょう。エースであるがゆえに案件が緩い段階から巻き込むことに躊躇が生じますが、案件組成の段階から関与させ、コミットメントを高める必要があります。その事業責任者を案件全体のオーナーとし、経営企画は全社戦略や財務面の補佐に回るのが自然です。
新規事業の場合は事情が異なります。自社人材で事業をドライブするのは現実的ではなく、既存経営陣の継続関与を契約交渉で確保する必要があります。この場合期待値を数値化して合意しておくことが不可欠であり、契約交渉の難度が一段と高まります。
既存経営陣は株主を兼ねる場合も多く、買収価格算定の基礎となる買い手の事業計画を既存経営陣にコミットしてもらう、というインセンティブにねじれのある交渉をする必要が生じます。
買収価格の駆け引きはさておき、本質的に既存経営陣が事業計画にコミットできないのであれば、案件自体を再考すべきです。
また、統合後、被買収企業の経営陣は買収側の資源へのアクセス方法がわからないことが多いものです。これを補うため、買収側の経営層が公式・非公式のスポンサーとして支援することが望ましいでしょう。理想は社長かそれに準じる立場の人物です。
次にコーポレート部門を見てみます。コーポレート部門は管理業務の本質上「固めて安定させる」、いわば禅的なアプローチを志向する傾向が強く、変化を伴うM&Aの推進にはインセンティブがありません。以下の方針を事前に経営主導で決めておく必要があります。
①M&A後に対象会社の管理業務を統合するのか否か
②統合する場合、どの程度の期間で統合するのか
③統合しない期間は買収側の誰が対象会社の管理業務に責任を持つのか
④コーポレート部門をM&Aのどの段階から関与させるか
⑤コーポレート部門に生じる追加工数をどう手当てするか
最も重要なのは①です。シナジーやコストダウンを志向するなら、通常は「統合する」判断になります。
②は、長期を望む案件推進側と短期を望むコーポレートで意見が対立しがちです。経営は長期化のリスクを踏まえ、最終判断を下す必要があります。
③は、高いガバナンス体制を持つ会社では特に重要です。経営がトップダウンで責任を明確にすることで、事業部・コーポレート双方の心理的負担を軽減できます。
④は、遅くともDD段階からの関与が必要であり、DD終了時までに統合に必要な期間と費用の概数を試算しておくべきです。この「期間」が②の判断基礎となります。
⑤は見落とされがちな隠れコストです。1回なら残業代で吸収できても、複数回繰り返せば退職リスクや評価制度の歪みに直結します。
5回にわたり整理してきましたが、経営が担うべき領域は限定的です。
にもかかわらず失敗が繰り返されるのは、トップダウンで決めるべきこと、部門に委ねるべきこと、個人のインセンティブとして組み込むべきこと、外部に任せるべきことが混在しているからです。
突き詰めれば、経営が逃げてはならない領域は二つしかありません。
① 企業価値を高めるための前段施策
② M&A実行と統合を制度化する仕組み作り
この二点により成功の再現性が決まります。
「成功するM&A」シリーズ
他の回はこちらからご覧ください。
👉 第1回|失敗するM&A
👉 第2回|外部の資源を取り込む手法
👉 第3回|意向表明でM&Aの成否は決まる
👉 第4回|案件組成とインハウス体制の考え方
👉 第5回|統合編